「小さないのち」日々のささやき--病気もしていないのに後遺症だけが
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坂下裕子の不定期日記 日々のささやき
小さないのちの取り組み
立石由香から事務局だより
Pfizer
2017年09月18日
病気もしていないのに後遺症だけが
子どもを亡くした家では
きょうだい児の育児不安に悩まされることは
普通によくあること。

わが家も例外ではなかった。
といっても、もっぱら父親のほうが。
つまりダンナ。

次はダイキを失うんじゃないかと、
眠っているダイキのおでこに手を当てたり
息してるか、鼻に手をかざしたり
小学校を卒業するくらいまで、
まるで儀式のように、毎晩やってた。

亡くすのは、病気に限ったことではない。
事故も心配。

船の旅は一度もしたことがない。
もし、ダイキがはしゃいで、デッキを走り
もし、もしも、海に落ちたらいけないから。
あるいは覗き込んで、万が一、落ちたらいけないから。
(落ちるかなあ?)

自転車を買ったのは、高学年になってからだった。
乗り方の特訓は続いた。
交差点ごとに、止まって、右左見て。
(歩いたほうが早いよ)

そうやって18才になったとき
車の免許を取った。
けれど、一度も乗っていない…
いや乗れない。乗る気になれないらしい。
(そうなるよな)

ところが
今春から、山の上の中学校で働くようになったダイキ。
自転車で駅まで行き、電車に乗り、乗り換え、徒歩で坂を登り
片道1時間かけて、通っていた。

この学校、車で行けば、家から20分で行ける。
でも、車には乗れないのだ…
誰かのせいで。

見るに見かねた上司の先生が
どこからか、原付バイクを調達してきてくれた。
ダンナは、この期に及んで「断れないのか」と、まだ言う。

「断れないよ」とダイキは言った。
(えらいぞ!)
仕事にならないから。家庭訪問も頻繁だし、と。

病気も、事故も、確かにこわい。
でも、普通に
ごく当たり前の生活ができるようにならないと。

重い病気を経験したわけでもないダイキが、
ずっと後遺症のようなものを負わされてきたのは、
親のせいなんだよね。