たぶん、もう歌わないと思う。

2008/10/01

お返ししなければならない写真をずいぶん長い間手元に置いてしまい、
お母さんからの遠慮がちな催促ではっと我に返り、平身低頭、お返しした。

Aちゃんはあゆみとちょうど同じくらいで
亡くなった経緯もよく似ている。
もっとよく似ているのが、お母さんと私が歩いた道とぶつかった壁だった。

Aちゃんのお母さんは音楽の先生で、専門は声楽。
その日もレッスンに行くため、Aちゃんを預けて出かけていたという。
出先で急な発病を知り、急いで戻ってきたが、Aちゃんは亡くなった。
長い間、歌はうたえなかったという。
でも、Aちゃんはいつもお母さんが歌の練習をしていると
そばに寄って来て、にこにこして聴いていたそうで、
その記憶に背中を押され、お母さんはまた歌い始めた。こんどはできるだけ人のために。

私は、当日レッスンに行っていたわけではないけれど、
その日も一人で練習はした。
私の練習はいつも長すぎて、あゆみは退屈してしまい、ぐずってもやめないし、
大泣きが始まったら仕方なくやめていた。
だから私は、あゆみのにこにこどころか、ものすごく嫌がっている顔しか知らない…。

お母さんにお会いしたとき、「きっとまた、うたえるようになりますよ」と励ましてもらい
今度お会いするときまでに。と話していたのに
いつまで経っても私は歌うことができなかった。
何度もAちゃんの写真を手に取って、笑顔のAちゃんに、
あゆみちゃんもこんなふうにそばで笑ってくれてたのかなあ、と問いかけていた。

さすがにもう返さなければならないときがきて、お写真をお返しするとき、
長い間、あなたの笑顔を通していろいろなことを考えさせてくれてありがとう。
と、写真のAちゃんにお礼を告げてから、お母さんの元にお返しした。