覚えていてくれるだけで

2014/02/13

母が最初にわからなくなったのは、父のことだった。
つまり夫。

私のことは、ずっとわかっていたはずなのに、
顔を見て、深々とお辞儀をしたり
「ご結婚は?」と尋ねてきたりするようになり
「してるよー」と答えると
「あら、そう、お子さんは?」と尋ねてくる。

このとき私は考えた。
これを言ったら、どんな反応するのかな?
「へー」と他人事のように言うか
ポカンとした表情をするのかな、と推察した。
ところが・・

「私の子どもは、あゆみちゃん」
と言ったら、
母の目が大きく見開き、動きが止まった。
「おぼえてる?」
と尋ねたら、
目から大粒の涙がこぼれ落ち、
「かわいかったよ。
かわいそうにね。
いい子だったよ」
と言ってくれた。

私は、十分だと思った。
あゆみのことを覚えてくれているだけで
母が、自分のことが何もできなくなっても
今いる家族のことがわからなくなっても
いいよ、と思えた。

母は、以前から
あゆみに、「かわいそうに」と言う。
子どもの遺族は、「かわいそう」とか「かわいそうな子」と言われたくない
とよく言うその心情が、私も理解できるが、
私自身は、「かわいそう」という言葉に抵抗がないのは
母にとって切なくてたまらない表現が「かわいそう」
だったからかもしれない。