「インフルエンザ発症後急性死亡児に対す調査」(平成15年 大阪)
2009/04/16安井良則1)3)、藤井史敏1)3)、奥野良信2)3)
1)堺市保健所、2)大阪府立公衆衛生研究所、3)大阪感染症流行予測調査会
1.はじめに
2.調査にあたって
3.結果
4.まとめと考察
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《要約》
平成14年から15年の冬のシーズンにおいて、大阪ではインフルエンザにかかった後に6名の子ども達が急性死を遂げたことが報告されました。私達は許可を得て3名の子ども達の保護者に対して直接聞き取り調査を行わせていただき、インフルエンザワクチンの接種歴はなかったこと、けいれんや意識の障害などはみられなかったこと、そしてインフルエンザの発症後、子ども達が亡くなるまで特に目立った兆候はなく、最後まで児が急変すると予測できなかったことなどが明らかになりました。また、3名の子ども達は死亡後に解剖されていましたが、その所見からは、全員がインフルエンザ脳症を発症して亡くなったと考えられました。今回の調査では、子ども達の急変を予測する兆候や、このような急性の経過をたどるインフルエンザ脳症の発症要因としての、子ども達の共通項目を明らかにすることはできませんでした。今後これらの兆候や要因を究明し、インフルエンザ脳症発症による急性死亡を少しでも減じるためには、同様の事例に対して、しっかりとした調査を積み重ねていくしかないと思われます。
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1.はじめに
平成14年から15年の冬のシーズンにおいて、大阪ではインフルエンザを発症した子ども達が、急性の転帰をとって死亡した例が6例も報告されました(資料1)。厳冬であったこともあり、このシーズンは数年ぶりに大阪ではインフルエンザが流行した年でしたが、その報告によれば、亡くなった子ども達の殆どがインフルエンザにかかった後、非常に短時間で急変し、死亡してしまっており、病院に入院することすらできていないということがわかりました。これまで、冬になりインフルエンザの流行シーズンになると、インフルエンザ脳症発症例が大阪においても報告されており、中には残念ながら死亡される子ども達もありました。しかしながら今回のように、インフルエンザ発症後48時間以内に子ども達が死亡し、入院すらできていない例が6例もまとまって報告された事は大阪においてもこれまでありませんでした。勿論、以前よりは「インフルエンザ脳症」に対する関心が高まっており、関連した情報が集まってくるようになっていることが関係しているのかもしれません。ただ、これまでインフルエンザ脳症と診断され、死亡された場合でも、その多くは入院しており、今回のように入院できずに亡くなってしまった例が集中したことはなかったと思われます。この報告を受けた時、私達は当初本当にインフルエンザによって子ども達は急性に死亡したのだろうか、と考えました。そして、今後同じようなことが起こってしまうことを少しでも阻止するためには、①子ども達の直接の死亡原因は何であったのか、②インフルエンザ発症前の子ども達にはどのような共通点があったのか、③インフルエンザ発症後の子ども達には、経過も含めてどのような共通点があったのか、できる限り明らかにしなければならないと考え、亡くなられた子ども達の保護者の方々の許可をいただいて、調査を開始しました。
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2.調査にあたって
かけがえのない我が子を急に失うことになった保護者の方々の心境は察するに余りあります。その心は一生涯癒やされることはないでしょうし、もしかしたらその後の人生を大きく左右する事になってしまうかもしれません。このように計り知れない大きな悲しみを受けてまだ1年も経過していない保護者に対して、悲しみの原因となった事柄について詳しく聞き取りを行うことが可能であるか、そしてたとえ可能であったとしても、かえって悲しみをより深くしてしまうのではないか、と考え、調査を実行するまでには非常に悩みました。しかしながら、病院に入院する時間もなく急死してしまい、医療機関のカルテには殆ど有用な情報が記載されていないであろう子ども達のことを知るためには、その子のことを最もよく知っていて、なくなる直前まで一緒にいた保護者に直接お会いし、お話を聞かなければ正確な調査は不可能でした。
このようにどうしてよいかわからない時に、私は「小さないのち」の会の存在を知り、坂下ひろ子さんという方が大阪におられるということを聞きました。そして今からちょうど1年前に、まだ入院中であった坂下さんに面会を求め、失礼をかえりみずにお会いしました。お会いし、お話をしながら、「私が探していたのはこの人だ」と確信しました。その後に私達が行った調査は、坂下さんの全面的な協力と励ましのもとに実行されました。私は本調査を通じて、調査結果以外にも本当にたくさんのことを坂下さんや、調査を受けていただいた保護者の方達より得ることができたと思っております。改めてこの場をお借りして感謝申し上げます。
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3.結果
許可を得て、調査を行ったのは3人の子ども達に対してでした。3名とも死後に解剖が行われていました。以下に1名ごとの調査結果を記します。
[症例1]
3歳3か月男児
出生歴:在胎39週で出生、出生時の体重3000g、出生時に特に異常はなかった
発育・発達歴:異常はなかった
居住地:大阪府内
生活歴:生後6か月より保育園通園
身長:90cm 体重:13.5kg
既往歴:アトピー性皮膚炎(生後3か月より)、突発性発疹(生後7か月)、水痘(8か月)、麻疹(1歳10か月)、流行性耳下腺炎(2歳10か月)、突発性発疹の発症時に熱性けいれんの既往あり、これまでインフルエンザにかかったことはなかった
常用している内服薬:なし
予防接種歴:
BCGワクチン(生後5か月)、三種混合ワクチン(1期2回接種および追加接種終了)、ポリオワクチン(2回終了)
☆インフルエンザワクチン:これまでインフルエンザワクチンの接種経験はなし
病歴: 平成14年12月27日、午前0時頃に38.5℃の発熱を認めた。その日の朝、起床時も同じ体温であったために、午前11時頃に母親に連れられてかかりつけのSクリニックを受診(体温39.6℃)、簡易キットにてインフルエンザAと診断された。点滴、吸入療法などの治療を受けた後、リン酸オセルタミビル(タミフル)その他の内服薬を処方され、14時頃に帰宅した。この時患児は、意識は明瞭であり、通常通りに歩行も可能であった。帰宅後昼食を食べ、処方された薬のうちリン酸オセルタミビルのみを服用し、ビデオをみながら入眠した。母親は目の届く範囲内で家事等をしながら時折様子をみていたが、眠ったと判断していた。16時頃に患児が右側を下にした姿勢となり、鼻汁を流したまま呼吸停止状態となっていることに母親が気付き、救急隊に連絡、16時34分に救急車によってY病院に搬送され、ただちに救命措置が施されたが反応はなく、17時15分に死亡確認された。
※解熱剤:全経過を通じて、解熱剤は使用されていない。
[症例2] ご両親の了解を得てから掲載します。
[症例3]
2歳5か月男児
出生歴:在胎39週、出生時体重3216g、
出生時特に異常はなかった
発育・発達歴:異常なし
居住地:大阪府内
生活歴:生後20か月より保育園通園
身長:89cm 体重:13.5kg
既往歴:アレルギー歴なし、生後13か月時に前額部打撲・切創(近医にて縫合)、突発性発疹(生後15か月)、水痘(17か月)、麻疹(1歳10か月)、突発疹発症時に熱性けいれんの既往あり、これまで明らかなインフルエンザ罹患歴なし
常用内服薬:なし
予防接種歴:
BCG(生後5か月)、DPT(1期3回接種および追加接種終了)、麻疹(生後12か月で終了)、ポリオ(1回終了)
☆インフルエンザワクチン:これまでインフルエンザワクチンの接種経験はなし
病歴: 平成15年2月2日午前9時頃に38℃の発熱があり、頭痛および下痢(泥状便)も認められた。休日でもあり、様子をみていたが、その後体温は上昇傾向であったため、19時30分に母親に連れられてY病院を受診した。受診時体温は40℃あり、診察の後に採取された鼻汁に対する簡易検査にてインフルエンザAと診断された。リン酸オセルタミビルその他の薬剤を処方され、21時にタクシーで帰宅した。この時児は意識清明であり、タクシーの中でもよくしゃべっていた。21時30分に粥を食べ、ポカリスエットを飲み、処方薬1回量を全て内服した。22時頃に入眠したが、翌2月3日午前0時30分頃に一旦目覚め、歩いて母親のところに行き、ポカリスエットをコップ半分程飲み、再び乳眠した。同日午前5時30分に母親が起床したときには、いつも眠っている姿勢(うつ伏せ)で眠っていると思われたので、そのままにしておいた。6時頃に母が児の頚部に触れてみたが、暖かいと感じた。6時30分に父親が出勤前に児に触れたところ、硬直しており、またチアノーゼが認められた。両親は心肺停止状態と判断し、心臓マッサージ・人工呼吸を施行しつつ、救急隊に通報を行った。午前7時2分に大阪市立総合医療センター救命救急センターに搬送されたが、児はすでに死後硬直した状態であり、午前7時18分に死亡確認された。
※解熱剤:全経過を通じて、解熱剤は使用されていない。
[解剖所見]
《表1》をご参照ください。今回調査し得た3名の子ども達は、全員その死亡後に解剖に臥されていました。我々は保護者の方々の許可をいただいた上で、大阪大学医学部、大阪府立母子センターに協力を依頼し、その解剖所見を入手・検討したものです。
[共通項について]
調査を行った3人の事例について、その共通項を以下にあげてみました。
1)患者の情報:
・1歳〜3歳の低年齢幼児であった
・突発性発疹の既往があった
・生後よりインフルエンザワクチン接種歴は1度もなかった
・今回が始めてのインフルエンザ罹患であった
2)臨床症状・経過:
・インフルエンザによる発熱発症後、死亡までの期間が24時間以内と非常に短時間であった
・発熱以外の特異的な症状は殆ど認められず、それ程重篤感はなかった
・けいれん、意識障害、せん妄といった症状は認められなかった
3)薬の内服状況:
・全経過を通じて解熱剤は使用されなかった
・症例1および3ではリン酸オセルタミビル(タミフル)が使用されていたが、症例2では同薬剤は内服していなかった
・症例1および2ではテオフィリン製剤(喘息のための薬)が投与されていたが、症例3では使用されなかった
4)解剖所見:
・脳以外の臓器で明らかな死亡原因と考えられる所見は認められなかった
・全例脳のふ腫(脳が液体成分を多量に含んで腫れた状態)が認められた
・脳の組織学的所見では、び慢性に小円形細胞の増加がみられた
・脳組織の特殊染色では、星状細胞の変性および星状突起の退縮が認められた
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4.まとめと考察
今回詳細な調査を実行できた3例では、その解剖所見を見る限り脳以外に特筆すべき所見はなく、3人の子ども達はインフルエンザに罹患し、脳症を発症して死亡したとものと推定されました。子ども達の脳は、臨床的には急性ふ腫型と呼ばれる脳症に分類されますが、脳の解剖所見からは、単純に脳が大きく腫れ、頭蓋骨の出口付近で脳幹部が強度の圧迫を受ける状態(これを脳ヘルニアと呼びます)となって、死亡してしまったと言い切れるものではないと思われます。3人ともに認められた脳の組織内での小円形細胞の増加、星状細胞の変性などが、子ども達の死とどのように関わっているのか、その解明には時間がかかると思われます。
調査した3人の子ども達は、全て発熱発症後24時間以内に急性に死の転帰をとっていました。保護者に対する詳細な聞き取りからも、けいれん、意識障害、せん妄といったインフルエンザ脳症を示唆する所見は感知されていませんでした。お母さん達からは、自分達が子どもの異常に気付くのが遅れたのだろうかとの質問が必ず聞き取り調査の席上、我々に発せられました。しかし3人の経過から、通常の経過をたどって入院することもなく治っていくインフルエンザ発症例の経過との違いに早く気付き、急変・死亡を回避することは現時点では不可能に近いといわざるを得ません。私達は例え自分の子どもであっても、まず気付くことはできなかったでしょうとお母様達に申し上げました。
今回のようにこれまで重い基礎疾患はなく、比較的健康に生活していた幼児が突然に急変し、命を落としてしまうこのようなインフルエンザ脳症の兆候を事前に察知し、その進行を食い止めることは、現時点では困難であるといわざるを得ません。この3人の事例に共通する何らかの共通項を検索しましたが、検討例数が少ないこともあり、3人に共通し、このような急激に経過するインフルエンザ脳症発症に関連する可能性の高い要因を明らかにすることは残念ながらできませんでした。
我が子を亡くした保護者の方々の悲しみ、悔しさは当事者ではない限り察することなどとてもできません。その記憶も新しいままにこのような調査を速やかに実行することは困難であることを私達は今回痛感いたしました。しかし経過があまりにも急で、入院さえもできず、病院などからの情報が殆ど得られない場合に、その原因や事前の兆候を明らかにするためには、今後も保護者に協力していただき、詳細な聞き取り調査をその都度繰り返していく必要があります。私達のこのような調査が、インフルエンザ脳症による急性死亡の発症要因を近い将来明らかにするための一助となり、そして我が子が亡くなってしまったことが納得できないままとなっている保護者の方々にとって、少しでも有意義な情報を提供できることに繋がっていくことができれば幸いです。
5. 謝辞
本調査を実行するに当たり、快く自宅への訪問による聞き取り調査を承諾し、ご協力いただきました3人の子ども達の保護者の方々に感謝申し上げます。また、症例の解剖所見をご提示いただき、本調査に全面的にご協力いただいた大阪大学医学部法医学教室、大阪府立母子保健総合医療センターの関係者の方々に深謝いたします。
※この調査結果の概要は、平成16年2月18日に開催された厚生労働科学研究補助金「インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療および予防方法の確立に関する研究」研究班(班長:森島恒雄岡山大学大学小児科学教授)会議にて報告されました。また、詳細は同研究班の平成15年度報告書に掲載される予定です。
資料・表 (25 KB)
(坂下 安井 藤井)
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