オープンフォーラム「赤ちゃんのいのちと向き合う」
2009/05/07赤ちゃんのいのちと向き合う ―医療者と遺族を結ぶグリーフケア―
日時 2009年6月21日(日) 午後1時〜5時10分
場所 ももち国際ホール(福岡国際医療福祉学院内)
詳細は主催団体HP
悲しみを支える人と人のかかわり
小さないのち 代表 坂下 裕子
概要
ずっとこの腕のなかにいるはずだった。
まだ一人では何にもできないのに。
誰かに助けを求めることさえ。
だから私がそばにいてあげないと……。
娘を失ったとき、これからどう生きていけばいいか分からなくなるほど、私は入り乱れました。
赤ちゃん、幼い子どもを見送ることは、たとえようもなくつらいことです。
のちに、同じような経験をした人々と出会い、あることに気づきました。
母親は、赤ちゃんや幼い子どもが自分の一部であるような感覚をもっており、母親自身を一人称とすると、まだその子は「あなた」と呼びかけるような二人称ではなく、いわば1.5人称の相手であること。
そしてその死により、母親は自身の死にも近いような状態を示すことがあるということを。
一方、そんな母親を見つめる夫は、妻を守る立場として、さらには子を失った親として、二倍苦しんでいるのかもしれません。
このような両親に対し、医療者を含めかかわりのある人に何ができるか、どんな対応が望まれるかを、ずっと考えてきました。
私が運営する「自助グループ」には専門家はいません。ケアする人もいません。ケアという言葉や概念が存在せず、喪の作業をしている者どうしの対等な関係と、人と人の関わりのありかたを大切にします。
専門的な援助とはまた別に、人としてどうあることが好ましいか。このテーマは専門職の方も一緒に考えてくださると有難いです。
例えば、その人に対しいま何をする必要があるか?自分に何ができるか?を考えていただくことも大事ですが、こと遺族に関しては、いま何をしないほうがいいか? を考えるほうが大事なときがあります。
もっとも大事なことは、とてもつらい状況にある人が、これ以上つらい思いをすることだけはないように、少なくとも、私と接したことでそんなことが生じることだけはないようにと心する「わきまえ」のような気がしています。
ごく身近なお話しをいろいろさせていただきたいと思います。