11年目の父の告白

2009/03/01

きょうは階下の親世帯に来客があった。
父のいとこという人と、その奥さんで、父しか知らない人だった。
母は相変わらず自分のペースで過ごしているので
私が食事の準備に行き、もっとも楽な鍋料理をした。

奥さんから、「子どもさんはお一人?」と尋ねられたとき、
私は「はい」と答えた。
すると、母が、「二人だったんだけどね」と話し始めた。
私はあっけにとられて、ただ聞いていたが、
母は、あゆみが亡くなった経緯を、事細かに話し始めた。
驚いた。すっかり自分の世界で暮らす住人だと思っていたら、
鮮明に覚えているのだ。
母は初対面の人にこういう話をする人だっただろうか?
たぶん母は、こういう風に「変った」ということだろう。

奥さんの顔から笑顔が消え、体をこちらに向けて聞き入っていた。
「そんなことが、起こるものか」と動揺を隠せない表情で私を見つめたので、
うなずき、母のつづきを話した。
とても悲しいという面持ちで聴いてくれていたので、
私の口からスルスルと言葉が流れ出て、話すことに無防備になっていた。

すると父が、
「さ、飲んで、飲んで」と、ビールを勧め、
「ところでなあ」と強引に、昔の田舎の話に夫婦を引き寄せていった。
笑ってしまうような話を繰り広げるものだから、
客人は、合わせて笑うしかない。
でも、夫婦の表情に後ろめたさが感じられた。

私は何も言わないつもりだったけれど、
夜、後片付けをしているとき、父のうんちく「おもてなし論」が始まった。
父にとって、おもてなしとは、
楽しい話題、愉快な時間が途切れないように気を配ることらしい…
おもてなしとは、そういうことではないだろうと思い、切り出してしまった。

あゆみちゃんの話は、私は誰彼なしに聴いてもらおうと思わないし、
自分から話すことは、最近はもうないよ。
でも、自然な流れで話題になったとき、その人が気持ちを傾けてくれる人だったら
うれしいから、ついつい話してしまう。
聴いてくれてるのに、さえぎられるなんてこと、されたことないからびっくりした。
悲しかった。

そう話すと、父は、シュンとなって、とぼとぼ自分の部屋へ帰っていった。
数分後、台所に戻ってきた父は、
夫(あゆみの父)に謝らなければならないと言い出した。
あゆみの葬儀を終えた日、父は夫に言ったそうだ。
「早く次の子を」。
それを聞くなり、母がとっさに
「なんでそんな日にそんなこと!」と、大きな声で言ったものだから、
父はもう目をつむって部屋に逃げ込んでいった。

身内ほど、言葉をどう扱っていいのか、わからないのかもしれない。
気を回しすぎる性格は、わざわいしやすいのかもしれない。
人との会話で言葉が途切れると、その空気をやぶってしまう父…。
それでも、ずっとこれまで、いい人、人気者、で来れてよかったなと思う。