子どもが人の死を理解するとき

2016/12/09

小児科の先生から尋ねられた。
受け持ちのお子さんが亡くなったとき
きょうだいに「ごめんね」と言うことについて。

両親は、主治医の言うごめんの意味が、理解できるが
幼い子どもにとって「ごめんなさい」は
悪いことをした人が言う言葉
ではないだろうか?という問いだ。

ダイキだったら、どう感じるだろう?
と尋ねてみた。

子どもにも、雰囲気というものは、わかると思う
と最初は言ったが、
年齢もあるし、理解度は子どもによって違うだろから
必ずしも「わかる」とは言えないかな
ということになった。

そもそも、死の理解が、あるかないかによるだろう
とも言った。
そして、ついでに教えてくれた。
あゆみが亡くなったときの、ダイキの死の理解の経緯を。
ダンナ(父親)とこんなやりとりがあったらしい。

ダイキは、あゆみが亡くなったあと、ダンナに
「あゆみを埋めんとったげて」「土に埋めたら可哀そう」
と言った。

このあとのダンナの言葉が、ダイキには衝撃的で
死んだという事実以上に打撃を受けたと言う。

「埋める前に焼くから」

言葉を失う大樹に
さらなる打撃が加えられたらしい。

「焼いて、骨になってから埋めるから」

ダンナにしたら、だからだいじょうぶだよ
という意図だろう。
しかしダイキにとっては、

はーー! 焼く!
えーーー! 骨にする!!
やめてーーーーーーーー!!!

もう泣くしかなく
泣いているダイキを、大人たちは、
ああ妹の死を悲しんでいるのだなあ
と見ていたのだった…