聴くことも聴いてもらうことも大事
2021/08/29少し前、グリーフケアの講座を担当した後
質問が届いた。その質問は
「私(坂下)はあまり人に気持ちを聴いてもらわないけれど」
と言った場面があったので、
「なんで?」と思われたらしい。
私は次のように回答した。
当初は、いっぱい聴いてもらいました。
徐々に聴いてもらわなくなった理由は
理想が高くなってしまったから。
「私なら、そういう聴き方はしないなあ」
というのが先にきてしまうようになったためです。
でも、最初のうちに一杯聴いてもらったので。
このことは、本当のことで、いまは
自分の悲しみを聴いてもらうことは、なくても
悲しみを聴くことは、大丈夫。
だけど!(私に非のない)私に向く他者の怒りには、
平気ではないことが、
昨日、研修のなかでよくわかった。
参加者の1人が、こう言った。
「避雷針のように、受けて流す導線が必要」
なるほど。
私、避雷針の仕組みを検索してみた。
そして大事なことに気付く。
避雷針は、屋上の針に雷が落ちたら
その電気を、導線を通して地中に降ろしているだけではない。
地中に埋めた、銅などの電極に向けて流している。
そういうものが、埋まっているわけだ。
人の感情も、受けて流すだけなら
「聞き流す」と同じだ。これ聴いていない。
そうではなく、地中の電極のように
聴いたあと、さらに受け取ってくれる存在は
とても大事になってくる。
(この場合は、信頼のおける専門家になる)
「あんまり人に言いません」は撤回。
「聴く」と「聴いてもらう」は、
どこまでも大事、と自覚した。