女性にとって繊細で複雑で酷な年代

2022/04/09

お子さんを亡くされたお母さんと話すとき

その子がどんなにいい子で、どんなに頑張ったか

いま、どれほどつらく、かなしいか

といった話題が、もちろん中心であるが

このこと以外に

もう1つ、よく会話にあがることがある。

それは、

母親が何才で子を亡くすか、による。

 

私は36才だった。

連日の日記からもわかるように

産む気まんまんだった。

けれども、かなわなかった。

 

もう少し年齢が高い方々は

頑張ってみたものの、早々に

断念せざるを得ない時を迎えることは

動かしようのない現実。

 

この、40才前後、という狭い時期が

非常に繊細で、複雑で、酷に思える。

10代後半から20年以上もあった、いわば有効期限を

それほど意識せずに暮らしてきた中で

思いがけず、この狭い時期に子どもが亡くなると

慌てる。

 

あるいは

ゆっくりと晩婚をし

子どもは1人と考えていて

めでたく授かり

ところが、その子が亡くなると

慌てる。

 

こんなはずではなかった

 

子どもが亡くなること自体が

こんなはずではなかった事だが

重ねて突きつけられる「狭い時期」。

 

さらに年上の母親たちには

また別の、繊細で複雑な苦悩がある・・・

 

40代といえば若い。

女性の一生から考えると

まだ半分しか生きていない。だからこそ

ここからの人生を、どう生きるか。

大きな問いと、課題に、向き合うことになる。

 

きょう、久しぶりに電話で話したお母さんは

50代になられていた。

相変わらず淋しいけれど

感覚の変化を感じる、とおっしゃった。

「そう遠くに暮らしているのではない気がしてきた」

 

ある程度の年代にならないと

得られない感覚かもしれない。