「犬が癒してくれる」と聞き取り残された頃

2023/05/17

とてもつらい状況にある人は

非情に繊細、と昨日書いたが、

今の私には、わかりにくいようなことが

過去の私にも、あった。

 

がんで入院中、主治医は若い女性医師だった。

ずっと年下なのに、頼りにし過ぎていたと思う。

病気を受け入れがたい気持ち、

つらくて、不安で、たまらない気持ちを

先生に打ち明けていた。

 

ふと、聞かされる先生だって負担だろう。

申し訳ないなあ、

と思い、尋ねたことがある。

先生はストレスを解消する方法、お持ちですか?

 

先生は、病院の寮で暮らされていたが

疲れを感じたら、少し離れた実家に帰る

とおっしゃった。

 

それを聞いて、私は少し安堵した

つもりだったのに、

続く先生の言葉に、安堵したはずの気持ちが

スッと入れ替わってしまう。

 

「帰ったら犬が癒してくれるので」

 

スッと入れ替わって入ってきたのは、

犬・・・??

 

重い重い、持ち切れないつらさを

軽いものにされた気がしてしまった。

犬が癒す程度のものなんだ、と。

 

当時の私は、飼い主にとっての犬の存在の大きさを

まったく知らなかった

ということもあるけれど、

先生が、誰によって癒されても

不満だったような気がする。

 

自分が不幸だから、みんな不幸にしたい

みたいな意識を持っていたわけでもないのに

逃れようもなく、つらさが続く状況が

感情を繊細にしただけでなく

考え方も、かたくなにしていた。

 

人のつらい話を聞く立場の人は

自分のケアのすべを、もっていることが大事。

でも、言ってしまわないほうがいいんじゃないか

と思っているワケ。