わが身に置き換えて聴きながら「他人事」に

2024/06/16

子どもを亡くした親に限らず

大切な人を亡くした遺族が、かけられる言葉で

「つらいでしょう、私だったら生きていけない」

といった言い方が、いやだ

という人がとても多い。ところが

私自身は、あまりピンと来ておらず

一人でよく考えている。

 

昨日は、

つらさのあまり死んでしまってもおかしくないのに

と言われているようでもあり、

親以上に愛情深いような自負が伺え

だから、いやな言葉なのではないか?

と推察したが、

1つひっかかっていることがある。

 

「他人事に聞こえる」

と何人かの人に教えてもらった。

この解釈は、私にとってさらに難しい。

 

逆ではないだろうか・・?

他人事に思えないから

「私だったら」と言っているのでは?

 

なのに、なぜ他人事のようになってしまうのか・・?

 

つらさのあまり、きっと私だったら死んでしまう

と他人が思ったとしても、

実際は、遺族に死は訪れず

有り得ないこと、不可能なことを、

サラリと言うことで、

しょせん他人事だから

ということになってしまうのではないだろうか?

 

何を気をつければいいのだろう・・?

 

他人事にしないで話を聴く場合、

もし私だったら、どうだろう?

と自分に置き換えて考えるものだと思う。

でも、「私だったら」が口から出ると、よくない。

 

遺族の話は、黙ってじっと聴くことが大事

という礼儀のようなものが

ここにも含まれているように思う。