溢れ出る涙が家族を傷つけるとき

2020/02/19

母の介護の終点は、自責、と書いたが

その経験をもつ私は、先日、とても感動した。

介護職の方への講義をさせていただいた日のこと。

 

介護は、家族だから難しい、と言えるが

他人だったら容易い、とは言えないだろう。

ただし、仕事だから、という自覚は持てるだろう。

 

私もよく思った。これが仕事だったら

きっと抱く感情は違うだろう。

もしかして、感情は抱かないのかもしれない。

だったら、そのほうがいい、など。

 

ところが、出会った介護職の方から

入所されている方が亡くなると、とてもつらく

涙が抑えられない、という話を聞いた。

私は、なんとも有難い思いがした。

仕事と割り切るようなところ、ないんだね。

 

そして質問された。

その溢れる涙が、家族を傷つけないだろうか?と。

 

ちょっと考え込んだ。

私だったら有り難く思うが、

これは私個人の「ものさし」で計っているに過ぎず、

世間にはいろんな家族がいる。

 

最初のうちは面会によく行ったとしても

だんだん遠のき、施設に任せっきりにした家族も

親が亡くなった、となると、やはりつらい。

きっと、もっと会いに行けばよかった、と思うだろう。

 

そのとき、任せっきりにしていた施設の職員さんが、

ものすごく泣いていたら

自分は、すっかり、他人以下・・・

そう思い知るかもしれない。

 

だから、傷つけないか?悩まれるわけだが

この発想が持ち上がることが、素晴らしい。

優れた専門職だと感じた。

 

正直な回答として、

その家族、思い知っていいと思います。

どうしても、そのようにしか過ごせなかったのだから。

 

「できない自分」を感じながら、生きていく

というのは、私も歩いている道なので

今からでも、これから、考えるといいと思う。

 

生きている親に孝行することだけは、かなわないけれど

生きている限り、生き方に反映できると思う。

親という存在に裏付けられながら。