お葬式に来てほしい家族とそうではない家族

2023/01/10

先日の、向かいのおじちゃんのお葬式も、

昨日の、ダンナの後輩のお葬式も、

家族葬と知らされた。

 

そう聞けば、遠慮しておくものなのか?が

よく分からない。

家族だけで静かに送らせてください

という思いを、言葉を変えて示している

とも受け取れる。

 

なので、向かいの家には、

前日に、お供えと香典を持って行った。

おばちゃん喜んでくれて、良かった。

でもおばちゃんは、おじちゃんが亡くなったことを

近所に言って歩いていたので、

意思が分かりにくかった。

 

亡くなったことは、知ってほしい

葬儀会館には、来ないでほしい

ということのようで、

行くのは遠慮したが、

会うと話が止まらなくて、

私も、ダンナも、ほかの家の人も、

おばちやんの話を聴き、とても淋しくなった。

 

家族葬を選ぶのは、

人に負担をかけないため、かもしれない。

でも、そうすると、つらさを出す機会がなくなり

人に知られなければ尚更なので、

お葬式の形体はどうでも、おばちゃんのように、

家族が亡くなったことを、自分から言って

何でも打ち明けやすく、

つらいときには、話し込んでもよいように

行動できるの、いいと思った。

 

ダンナの後輩の奥さんは、

自分から話すタイプの人ではなく、

押しかけたような弔問だけでも気が引けて、

死因さえ聞かずに帰ってきたが、

奥さん、このあと、どう過ごすのかなあ。

 

あゆみのお葬式のときは、

たくさん来てほしかった。

人との出会いが、ほとんどない子で、

生まれたことさえ、まだ知られず

他人は、見るの、どんな気持ちだったか、

あとで考えて、きつかったかなあ?

と思ったりしたが、

私は、かわいい顔を見てほしかった。

 

いたこと、知ってほしくて、

あゆみのこと、覚えていてほしくて、

だからお葬式に来てくれた人に、

ずっと感謝している。