ワイドショーこわい

2006/06/13

 テレビを見る機会がないため、昨日ちらっと見たワイドショーだけが放送した内容かもしれませんが・・・

 事故か事件で亡くなったAちゃんの母親が、幼なじみのG君を殺害する事件がありました。
番組では、犯人の素顔を探るべく、Aちゃんの同級生のお母さんにインタビューしています。
犯行の是非ではなく、犯行以前の遺族としての行動に対して語られる言葉に、
私は、胸の中を冷たいものが通り抜けるのを感じました。

 Aちゃんのお通夜のあと、母親は同級生を祭壇の前に座らせて集合写真を撮り、その写真を子どもたちの家に送った
なんでそんなことしたのかわからない
そんな写真もらってもアルバムにはることもできないのに
と、異常で迷惑な行動として非難されています。

 遺影や棺を囲んで写真を撮るということ、異常だろうか?と考えましたが、これはおそらく、多くの遺族が「したい」と思って踏みとどまっている行動でないかと感じます。私が出会うご遺族からは、
同級生がお別れに来てくれたことがうれしかった
みんなの心の中で自分の子がいつまでも生き続けてくれることを願っている
という、素朴な祈りのような言葉で聞きます。

 またAちゃんの死後、母親が遺影を持って学年行事を観賞したことに対し
なんでそういうことをするのかわからない
みんなが楽しい運動会の日なのに
と、これも異常で迷惑な行為として。

 テレビがこわいと思ったのは、こうした言葉を公表し、小さな子どもの親は知人の死を遠ざけたいと考えているように受け取られないかということです。
おそらく、多くの保護者は、子どものお友だちが亡くなると、その子との思い出をいつまでも大切に考えてくれるとともに、両親の悲しみに思いを寄せてくれるものと思います。

 でもいまの時代、死はどう扱っていいか分からないと言われています。
学校であれば、保護者がイヤと思うなら、責任がもてないから排除しようという動きに出るかもしれません。

 私が出会ったSちゃんのクラスでは、Sちゃんが病気で亡くなってからも、常に写真のSちゃんをクラスの一員として加えてくれました。集合写真にもSちゃんは写真で入り、先生が家に届けてくれていました。

ちなみに、
子どもの遺族にはどう接したらいいのか分からないということをよく言われます。
この時期、遺族のほうもどうお付き合いを再開(継続)すればいいのかわからない思いを抱えています。
「みょう」な言動にも理解のまなざしが感じられたときから、遺族は暮らしていきやすさが見えてくるのだと思います。