人が亡くなるタイミング

2013/01/20

つどいの自己紹介で、私は近況をお話しする。
当初は、あゆみが亡くなったいきさつを話していた。
その後は、あゆみがいない寂しさを話していた。
さらに年数が経って、近況、というのは
あゆみのことを話し尽くしたから、というわけではなく
近況の中に、つまり日々の、さまざまな営みの中に、
あゆみが生息しているような感じになったからだと思う。

昨日のつどいでは、先月亡くなった叔父のことに触れた。
私は、小さい頃から叔父が大好きだった。
叔父と父は同級生で、父は親友の妹と結婚した。
ところが、仲が良かった父と叔父が、ぜんぜん似ていない。

例えば、子どもに「はなし」をするとして、
父は、手近にある絵本を、それも早口で読み聞かせる。
叔父は、あり得ないような作り話を、いくらでも発展させていく。

祖母の家に泊りに行くたび、私は叔父と枕を並べ
「おじちゃん、ポン吉のはなし!」とせがんだ。
ポン吉とは、叔父が生み出した架空の生き物で
相当まぬけなキャラクター。

お別れの席では、いろんなことが思い出され、込み上げた。
お別れといっても、葬儀・告別式ではない。
お葬式をしないお別れを、初めて経験した。
叔父は、変わり者で、
「延命はしない。葬式もしない。献体がしたい」
というのが遺言だった。

なので、知らせを受けて家を訪ねると、
室内は普段通りで、普通に布団に寝ていた。
お坊さんが来てお経を上げ、その傍で親族が焼香をし、1日目は終わり。
2日目は、午前中に献体先の病院から迎えの寝台車が来て、
親族は手を合わせて見送って、すべて終わり。
他人は呼ばず、香典も辞退。

叔父の死、あっけなく思った。
亡くなるまでも、亡くなってからも。
けれど、叔父はタイミングを計って死んだのか
と思わずにいられなかった。

献体というの、そう簡単ではなかった。
そのことを身内の誰も知らなかったし、おそらく本人も。
調べたところ、県内の医学部に申し込む。
兵庫県には神戸大学と兵庫医大しかない。
ところが両方とも断られた。
事前登録が必要で、定員に達していた。時期も決まっていた。

念のため、大阪医大に問い合わせると
「きょうなら大阪府外からも受け付ける」と。
つまり制度改正の前日だったのだ。
急いで手続きをし、滑り込む。
叔父は、唯一たっての希望をかなえることができた。
もし、もう一日生き延びていたとしたら・・

間違いなく、献体はできなかった。
献体しないなら、お葬式はしたと思う。
お葬式するなら、いろんな人が来られただろうと思う。
なぜ叔父が、誰にも知らせないでほしかったのか
その理由は不明なのだが・・

死は、本人がタイミングを計ってとげるものなのだろうか・・
叔父がそうだったとしても、
あゆみもそうとは、やはり私には思えない。

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