聞き上手は、自分で上手と言わない

2015/05/25

気づきを得るための研修に
自分磨きのために参加している。

そこでグループワークがあって、今回は
これまでの人生と仕事との関連を見出す内容だった。
30分間与えられ、6人グループなので
1人5分でまとめるというの、なかなか難しいなあと思った。

私は、たまたま順番が最後だった。
1番の人は、長年、あるお仕事をしてきて
人の話を聴くことが、仕事のようになっている と話された。
つまり、本来の仕事よりも、相手の話を聴くことが主になっており
人から相談を受けることが多いのだと。

そして、その具体的内容を詳細に語られた。

2番目の人は、また違うお仕事の話をされ
どういう流れからか、途中から
1番の人の回答タイムのようになった。

あと4人いてますが、残り時間は5分少々に。
3番の人は、そのことに気づいておられ
端的に、数分間で話された。

これにならい、4番の人も数分でまとめた。

5番の人は
「私は発表に当たっていますから、発表のときに話します」
と、この場では話されなかった。

ここで
「はい終了です」とマイクの声。

私、終了でよかったと思った。
「いいんです。ぜんぜんいいんです」も言った。
けれど5番の人が、「ちょっとだけスミマセン!」
と手を挙げて大きな声で言って、進行を止め
私に言ってくれる。「せっかくですから1分でも」

私、それまでぜんぜんいやじゃなかったのに
急にいやな気分になって
「私… 1分で話せる人生じゃないから」
と言ってしまった。

一気に、ほら最初が長すぎたからだ
みたいな空気になり
私だけ言わないわけにいかない感じがし
1分で話した。

あゆみの存在は、仕事のしかたに直結している。
そのことを、思いっきりかいつまんで、箇条書きのように。

あゆみとの別れも箇条書きの1つ。1つまみ。

亡くした子のこと、こういう話し方、したくないし
人にはぜったいに、させたくない。