過去の傷としっかりと向き合うとは

2019/12/01

昨日受けた研修で、

ケア提供者の「自分自身の課題」という項目があり

「自らの過去の傷ともしっかりと向き合い、それを解決することで

ケア対象者の類似経験ともしっかりと向き合えるようにしていく」

とある。

 

つまり、自分の過去の辛い体験としっかりと向き合っておかなければ、

対象者が直面していることが、自分が抱えたままになっている体験と絡まって

よくない影響を及ぼしてしまいますよ、という話。

 

私は、ケア提供者ではないが(あくまで自助グループという立場は)

でも、身に着けるべき知識やスキルとしては同様なので、

改めて考えてみた。

 

昨日書いた、あゆみが倒れたときに着ていた衣服のことは

急に引き出された記憶で、驚いたが、ぜんぜんイヤではなく、

蘇って良かった記憶だった。

あゆみにまつわることなら、どんなことでも、1つでも、

戻ってきてほしい気持ちのほうが強いからだ。

 

では、倒れたときのことや、治療のことや、告知のことや、看取りのこと

これら一連のことは、授業や講演で話し尽くしたので

(1年に100回言ってたら、2000回とか)

どこに触れても、引き起こされることは、もうないだろう。

 

でも、話していて、すごくつらくなるときがある。

それは、ずっと喋ってる学生、知らんぷりで宿題をしている学生、

眠っている学生は、もともと聞いていないのだから、別によく、

あとは、思いもよらない心無いことが書かれたアンケートの感想。

(悲劇のヒロインか、とか)

 

私の「つらい」は、そういう他人の言動かな。

交わし方、やり過ごし方、割り切り方?諦め方?がわからないのだ。

私自身は、人の話に聴き入るのがふつうだから。時間も忘れ。

 

逆に、じっと、しっかり聴いてもらえるとき、

ものすごく有り難くて、感謝している自分を感じるくらいだから

「傷」であっても、体験を話すことじたい

私にとって良いことだと思う。

 

この表題は、大事なことなので、引き続き

過去の「つらい」を、もっと思い返してみよう。