みんな全員、誰かの遺族です

2019/12/08

きょうは、看護師さんのグリーフケアの講座を担当し

最後に、遺族に向けて行うワークをしたが

「遺族になったつもりでやってくれたらいい」

というように言ってあった。

もちろん、ご自身が当事者なら、当事者としてやってくれるといいが

日曜日といえど、私服といえど、専門職として来られているだろうし

無理に仕向けることはやめておこう、

と思って始めたら

全員が、当事者として行ってくれていたことに

私は、驚き、胸が熱くなった。

 

これって、(きょうは着ていないけれど)このときは白衣を脱いで

冷静で客観的な視点を「主観」に切り替え

公人から「私人」になってくれて

そして、グーンと開いてくれたと思う。

初対面の人ばかりの部屋なのに、信頼のもと。

 

涙されている人もいて、

言葉にならなくなった人もいて、

私、有り難いなあと思った。

こうしたワークは、想像で行うのではなく、

自分のこととして行ってくれたほうが

当事者のことが、よくわかるはずだから。

 

最後に言えばよかった、とあとで思ったこと

ここに書かせてもらおう。読んでくれる人いるかもしれないから。

 

遺族ケアを行う人も、ほとんどは遺族。

大切な一人を、きっと亡くしているはず。

だから、「私には実体験がないから」と自信なさげに言われるとき

私はそれを、謙虚さと受け取っています。

同じ経験はなくても、経験しているはず。

子どもを亡くした遺族同士だって、「同じだ」とは思ってないもの。

 

だから、そう違う境遇ではないのだと思う。

立場が違うだけで。