「さまざまなグリーフを大切に扱う」

2020/07/31

23日の日記に、バーチャルリアリティーであっても、

会えるなら「ほとんどの親は」わが子に会いたいだろう、

と書いた。

 

どの親も、とは書かず、「ほとんどの」としておき、

言い切らないよう心がけているつもりだが

「多くの」くらいのほうが、いいかもしれない。

 

と言うのも、

お子さん亡くされまだ日の浅い、つらい毎日のお母さんに

このことを尋ねたら、

「VRでも会いたい」とは言わなかったからだ。

 

終わりがあり、再び別れることは、つらすぎる

という人もいるわけだ。

何事もそうで、自分と同じと考えてはいけない。

 

毎日日記を書いていると、いろいろ考える。

どうでもいいことを書いてて、なんだかなあ、と思い

主観でものを言っては、どうだろなあ、と思い

あほみたいなこと書いてたら、あかんやろ、と思い

一番こわいのは、

私がズレたことや、しょうもないことを書くことで

「その程度の会か」とみなされてしまうこと。

 

この会、私の一存ではやっていませんので。

会には、れっきとした理念があり

理念に基づいて運営をしているのですー

 

その1つが、

「さまざまなグリーフを大切に扱う」

 

子どもを亡くした親、という共通のなかで

呈するグリーフが、さまざまであること。

そのさまを敏感に感じ取り、

大切に尊重していくことを

運営にかかわる全員が、常に念頭に置いている

そういう会なのですぅー

 

この機会に言っとこ。