子どもを亡くしたことは言わない場

2021/06/20

グリーフケアは、その人にとってのつらさを肯定する。

誰を亡くしたか?は

その人にとって大切な人。

だから肉親、家族とも限定しない。

 

どのように?についても

突然や痛ましいことが、最も大変ではあるが

ゆっくり穏やかな別れであったとしても

その人にとって大変であれば、大変。

 

理論上も、私たちの認識も、そうあって

私はよその会を手伝いに行くことがあるが

自分からは言わないことがある。

子どもを亡くした遺族であること。

 

遺族会だから、そういうこと言いやすいようで

実は、言いにくい場の1つが、遺族会でもある。

 

子どもを亡くした人を対象としていれば

「私も」と言うが、

そのようなことは、めったにない。

 

ずっと以前、

相手が打ち明けているのだから

自分も簡単に打ち明けると

「えっ あー お子さん」のあと、

あんまり話せなくなられたように感じた。

それで後悔した。

 

亡くなられた方が高齢であっても

いなくなったことが、たまらなくつらいから

来られている。

その人にとってのつらさ

誰はばかること、一切ないのだから。

 

私にも、堂々と話せる場がちゃんとあり、

だから

きょうは自分のことは脇に置いて

と相手の話だけに集中できるのだと思う。