人が拠り所にしていることは尊重したい

2025/03/29

誰か、人を介して、亡くなった子と繋がる

ということを昨日書いたが、

ふと思った。

 

誰かを介さなければ、繋がれないのではなく

私の場合、自分だけでは感じ取れないから

ではないだろうか?

敏感に感じ取れるお母さん・お父さんなら

他人を介す必要はない。

 

で、介入するとき

霊感のある、なしは、関係ないはずだ

と私は思っているのだけれど、

よくある話が、自分でわからないことは

プロの霊能者を頼って教えてもらうこと。

 

先日、東京の「つどい」で

霊能者を頼らなくても、

お母さん・お父さんが感じ考えることが

亡くなった子の伝えたいことだと思います

と言った際に、

私が霊能者を頼らない話もした。

 

でも、こういうこと

言わないほうが良かったかもしれない・・・

 

私が出会った霊能者は、

あゆみに関する情報は薄く、

金額は、きわめて高額で、

あゆみが必要としていると言われた。

そういった自分の経験だけを理由に

偏見を持ち続けることは良くないな、と

今回、考えを改めることにした。

 

なぜなら、

今がつらくてたまらない人が

よりどころにしている対象に対して

ともに尊重したい

と常々思っているから。

 

ただ、警戒すべきと思う点は2つあって

多額の金額が示されるときと

脅かされるような情報が示されるとき。

 

そうでなければ、

「よりどころ」は1つでも多く持てることが

つらさへの助けになるように思う。