「人の不幸が好き」の理由がわかった

2025/03/14

ドラマ「日本一の最低男」で

真に迫る対話の場面があった。

二人は、元テレビの報道マン。

遺族のインタビューを撮りたい側と、

そういう場面、撮りたくない側。

 

二人の会話から、

そういうことなのか、と

初めて合点がいくことがあった。

 

「遺族の悲しみは強力な再発防止になる」

と言う言葉に対し

撮りたくない側が言った言葉が、これ。

「皆さん好きだから、人の不幸。

同情して気持ちよくなったり

自分はまだマシだと思って安心したり」

 

あー、そういうことなのか。

1つ目は、ずっと思っていた。

この日記でもよくぼやいている

隣の奥さん。

あゆみが亡くなったとき、

道端でいきなり抱きしめ

驚く私をよそに

陶酔しているかのように見えたのは

まさに「同情して気持ちよくなって」

いたのだと思う。

なぜなら、それまでも、それ以降も、

私のことは眼中になかったから。

 

初めて合点がいったというのは

2つ目のほう。

 

人の不幸は、

「自分はまだマシ」と思える

材料にできるのかあ。

比べてちょっと元気でるとか?

 

でも、私たちが直面した不幸は

もう振り切っているもんだから

「マシ」というより

「自分の子じゃなくて良かった・・」

あたりかなあ。

 

ドラマの二人の会話では

核心をついた言葉もでてくる。

「遺族は、再発防止の道具じゃないですから」

 

そうだなあ、と思う。

でも、強い抑止力にもなるし

とも思う。