救急救命士の証言に「救われた」と言う母
2026/01/08昨日日記を書いて
とても久しぶりに思い出したことがある。
あゆみが意識をなくした後
私は理解できないことばかりだったので
治療に当たってくれた医師だけでなく
ほかにも訪ねて行った人がいた。
それは救急隊員。
消防署に、あの夜のことを
もう一度教えてほしいと頼むと
時間をとってくれたが、
当日搬送してくれた人には
会わせてもらえなかった…。
当日の容体については
記録を聞かされたが
なんだか無機質な感じだった。
文字で表し、数字で示すからか。
やはり、あゆみをその目で見て
直に接した人の見解を聞きたかった。
でも、私は本当は、
何を聞きたかったのだろう…
と後になって考えたことがある。
「小さないのち」をつくってから
出会ったお母さんで
同じ行動をとった人のなかに
ヒントがあったような気がした。
その人は、実際に搬送した隊員と会い
言われたことは
「お子さんの反応はありましたよ」
という言葉。
お母さんは、この一言に救われたという。
病院に着くと意識はなかったから。
行動が遅かった、と悔み、
強く自分を責めていたが
親にできること、すべきことを
このお母さんは精一杯していたと思う。
会ってくれた隊員さんの誠意に
私も救われた。