日の浅かった私にとってサイコーだった人

2026/05/03

亡くなった人との再会は可能か?

とAIに質問すると

さまざまな方面からの回答をくれる。

 

たとえば仏教では

倶会一処(くえいっしょ)という考え方があり

亡くなった人と極楽浄土で会えるらしい。

 

えー、毎月うちに来てくれたお坊さんは

そんなこと教えてくれなかったなあ。

 

あのころ教えてくれたら良かったのに、

と今なら冷静に考えられても、当時は

ただでは済まさなかった気がする。

 

ほんとに!?

行ってきた人はいないのに、何で言えるわけ?

と突っ込みまくった気がするのと

それよりも

極楽浄土じゃイヤ。ダメ。

遠すぎる。

生きているうちに何とかもう一度会いたい!

と「倶会一処」を教えてもらったところで

関心を示さなかった気がする。

 

あ、そうか、だからだ。

お坊さんは、最初の頃は法話をされていたが

しばらく経ってからは

ほとんど話されなくなっている。

 

この母親にどんな話を持ってきても

意味を成さないだろう。

それよりも

言いたいことがあれば聴きましょう。

と立ち位置が変わったように思う。

 

本当に素晴らしいお坊さんだった。

カウンセラーのところにも数カ月通わされたが

自分から行かなければならないところへは

行かなくなって

でもお坊さんは

決まった日に月参りでやって来るから

ずっと会っていた。

 

大変申し訳ないけれど

お坊さんでなくても良かった気がする。

宗教家でなくても。

 

思いやりが深くて

余計なことは言わないで

継続的に関わってくれる人

遺族にとってサイコーの支援者に思える。