心の底から助けてほしかったのではないから

2026/05/19

裁判って、驚きの判決が出るのだなぁ

出来事は、コロナ禍でのこと。

 

「コロナ」に感染し、ひとりマンションで

療養している人と、数日連絡がつかなくて

心配になった身内が、消防に、

「見に行ってほしい」と依頼した。

 

消防がマンションに着くと、

鍵がかかっていて、反応がない。

管理会社とも連絡がつかない。

身内は、ドアを壊すことを承諾、

消防がバールでドアを壊して中に入ると…

患者は留守だった。

 

ここまで読んで、

なにそれ、と思った。

常に連絡が取れるようにしていないと!

ちゃんと家にいないと!

消防も忙しかった時期に迷惑な話だ。

 

で次に思ったのは

マンションのドア、高いよ。

罰として、高い出費になったね…

 

ところが、裁判の判決は想定外だった。

 

ドアの改修費、25万円を払うのは

消防側、つまり市なのだと。

 

火災の場合は違うらしい。

でも、当時の「コロナ」は

それくらい緊急性を感じただろうに。

 

法的にはそうであっても

常識的に?心情的に?納得できないなあ。

 

じゃあ、誰が払うのが筋か?と考えると

大家さんではない気がする。

患者本人のように思うけれど

自分は「助けてくれ」と頼んだ覚えはない

と主張するなら、

ドアを壊してでも助けてください!

と、実際に頼んだ身内の人

になるのではないだろうか。

 

払うつもりはないと主張したんだ…

 

「コロナ」で亡くなった人と家族の気持ちは

分からないのだろう。

25万円の10倍でも100倍でも

いくらでも払いますから助けてください!

の気持ちは。