ずうずうしいオッサンとこわいオッサン
2008/09/17 私が生まれ、いまも暮らす尼崎市というところは、
よく言われる表現に、阪急沿線は高級で、JR沿線は中流で、阪神沿線は下町 というのがある。
うちはJR沿線だけれど、じゅーぶん下町だと思う。
私の買物はいつも、嵐のようにスーパーに駆け込み、手当たりしだいカゴに入れ、
また嵐のようにレジを通過する。
誰とすれ違っても分からないほどのすさまじさだけれど、
小さい子にだけはついつい目がいき、行動を観察してしまう。
お刺身に指を突っ込んでいたら、もちろんやめさせる。やさしく。
きょうは、ギャーと泣く声に駆け寄ろうとしたら、母親に頭をシバカレ、吹っ飛んでいた…
こういうしつけ方が多いのも下町だからか、ちょっとつらい。
きょうのレジは長蛇の列だった。待つしかない。
私の前の前に、態度のでかいオッサンが割り込んだ。
前の女性はムッとしているものの、何も言わない。
私も、ムッとしたものの、何か言おうとは思わなかった。
(下町だから、こらおっさん 並ばんかい!と言っても別にいいのだけれど)
次の瞬間、あーーっ!思い出した。
私が赤ちゃんや小さい子に過敏なのは、
あゆみを1才で失っているからなんだと思っていた。その後遺症なんだろうと。
ちがう。私はもともとそうだった。コレはもともとだったんだー。
あれは確か、まだ結婚していなかったから、20代の頃。
銀行のATMを並んでいると、私の前の前に、目つきの悪いオッサンが割り込んだ。
前の女性は、「並んでください」と注意した。
そのときオッサン、「誰に口きいてんねん」みたいに怒鳴り出した。
女性はベビーカーに生まれたばかりの赤ちゃんを寝かせているお母さんだった。
私は、いま考えても自分はアブナイ性質(たち)だと思う…。
結果、私はそのオッサンに商店街を追い駆け回された。
そのオッサンの目つきの悪さは、がらの悪さではなく、精神を病んだおかしさだった…
学生時代に商店街でバイトしていたから構造を熟知し、逃げ切ったけれど、
首しめられるかと思った〜
人に注意をしたり、人を助けてはいけないとは、今もぜんぜん思っていない。
ただ、よーく分かったことは、見ている人は助けてくれないということだった。
昔も、今も、私は小さい子と小さい子を連れた女性が危ない目に会いそうなとき、
妙なスイッチが入るタチなんだと自覚しておかなければ。と思う。
きょうはずうずうしいオッサンに割り込まれて、記憶が繋がって、よかった。
何もかも後遺症で片付けていては、それはそれでしんどい。
首しめられそうな恐怖体験も、今頃になって価値ある情報になって、よかった。
それにしても、子どもの頭をシバク叱り方、やめてほしいなー