たくましい母

2012/03/30

約束の時間があって、知らない駅で乗り換えをするとき、
とても緊張する。
反対方向の電車に乗ってしまったり、
琵琶湖の「あっち側」へ行ってしまい、
「こっち側」へ戻ろうにも、電車の本数がなかったりしたことがあるから。

とにかく、京都より東への在来線は、むずかしい。
列車の前半分は○○行、後ろ半分××行、とか
前半分はずっと先へ行き、後ろ半分は途中まで、とか。
今から乗る電車も、そのたぐいだった。

「足もと 白色 三角印 ○番〜○番」
と流れるアナウンスに耳を懲らし、
よし、ここで大丈夫、と確認できたとき
一人ぽつりと立っている、二十歳くらいの青年がいた。

片方の手に大きな荷物、片方の手には白い杖。
どうしよう・・
私みたいな、この駅のことも、乗り換えのことも、よく分らない者より
彼のほうが、毎日通って、よく知っているかもしれない。

でも、あの大きな荷物・・
初めての駅なのかも。
だとすると、不安はきっと私の何倍も。
どうしよう、どうしよう・・

目の見えない人は、ほかの神経が非常に発達しているから
杖を使って、ドアを見つけることくらい、たやすいかもしれない。
いや、立っているところが、車両の継ぎ目だったら、
ドアが空いていると勘違いし、
そのままホームの外に、踏み出していくかもしれない!

そのとき
新快速電車が、ものすごい轟音で入って来た。
いつもより、突風が激しく吹き込んだように感じた。
またあの言葉がよぎる。
「もう後悔はしたくない」
これは、あゆみを亡くして、胸に刻み込んだこと。

彼と私とは、縁もゆかりもないけれど、
人が大ケガをしたり、生命が脅かされるようなことが
しかも気づいていたのに、起きたりしたら、
自分は耐えられないと思った。
迷っていられない。

駆け寄って、「ドアはこっちです」
彼の手を取り、自分が立っていた所の前に入れた。

「ありがとうございます」という言葉に
こんなにも安堵したこと、久しぶりだと思う。

乗ってからも、ずっと気になっていたが、
若いし、足が不自由なわけではないから、
立っている彼に、どの席が空いてますとか、
介入し過ぎないほうが、いいのかな、と思いながら
でも、ずっと、目が離せなかった。

乗っていた4号車は、
途中から車庫に入るようなアナウンスがあった。
何号車にいるのか、知らないんじゃないだろうか・・

彼の母は、彼が家に帰り着くまで
どんな気持ちで待っているのだろう。
私だったら、ずっと後を追って歩くかも知れない。
そんなこと、本人は望んでいないから、
母は、一人送り出しているのかもしれない。

電車の中で涙してたら、ヘンな人に思われるけれど、
彼と、彼の母のたくましさに、
胸いっぱいになり、抑え切れなかった。