高齢の親に生きてほしいと思ってしまう

2022/01/29

亡くなった母親の主治医を射殺した犯人は

胃ろうの造設を巡って、不満を募らせたらしい。

胃ろうとは、食事ができなくなった患者さんに

管を通して胃に栄養を流し込む装置のこと。

 

私の母も、在宅医療を受けて家で看取ったが

ものが食べられなくなっても

高齢の親に、胃ろうを、など思いもしなかった。

高齢者の在宅医療では、

そうした延命治療は、通常行わず

生活の質や、患者の尊厳、緩和ケアについて話し合われていく。

 

それでも終末期に、揺さぶられたことは、あった。

水分まで採りにくくなったとき

「点滴していただけませんか」と相談し

「脱水の方向にもっていってます」と言われて

びっくりし

それは虐待にあたらないだろうか・・?と思えた。

 

けれども、

点滴で水分を入れると、呼吸が苦しくなると教えてもらい

訪問看護師さんの言葉を信じ

食べられなくても、水が飲めなくても

覚悟を決めて、そばにいて、

最期まで苦しむ姿を見ることはなかった。

 

言葉を信じるには

そこに至るまでに、信頼関係を築いていたから。

いつも母に優しく

処置が丁寧で

患者のことを一番に考え

可能な限り家族のことも考えてくれた。

 

殺されてしまった医師は

胃ろうを作ることが、患者のためになるのか?

時間をかけて説明を尽くされたに違いない。

 

ただ、高齢の親の、娘や息子が

一緒に過ごせるものなら、少しでも長く

と思ってしまうことは、ある。

 

私は、アホですか?

と思われるようなこと、先生に言ったもの。

亡くなる3日前

「一度立たせてみたい」と。

「何のために?」と先生に聞かれ

口ごもっていると

「そういう段階ではないです」と言われて

後から考えると、全くそうだと思った。

 

ずっとベッドに横になっているから

うつら、うつら、しているけれど

立ち上がったら、意識がはっきりするかもしれない

と本気で考えるほど、アホな娘でした。