脳の病気になっても人格は変わらない

2022/05/24

たまたま途中から見たニュース番組で

若年性認知症の特集をしていた。

私より若い男性が、

奥さんに、スプーンで食事を口に運んでもらっている。

言葉はなく、無表情。

 

奥さんは、なぜ異変に気づいたか、話された。

ご主人が、転職の面接の日、

遅刻したのに、面接官に、詫びの一言もなかった

と連絡が入ったこと。

 

おかしい!と奥さんは思った。

ご主人は、早くに家を出ていた。

真面目で几帳面な方だという。

 

その奥さんが、

ご主人がこの病気になって、何より悔しいことは

と話されたとき

私は、あーやっぱり、と思った。

 

世間は、この病気になったこと、と思うだろう。

人より若くに、人と違ってしまうこと、と。

 

奥さんが言われたことは

「適応障害(うつ)とみなされてしまったこと」

誤診されてしまったことだ。

こころの病気と診断されたことを

おかしい、と思ったのだけど、一方で

それなら良かった、と思う自分もいて

治療が遅れた。

 

この気持ち、この言葉に、心が震えた。

ほんと、そう。

病気になることは、避けようもなく、誰のせいでもない。

ところが、そこに誰かの「せい」が加わることは

本当につらい。

 

本人に一番近い人が、異変を感じ

早い段階で病院に連れて行った、にもかかわらず

診断されなかったら

病気のゆくえが、大きく違ってしまう。

本当に悔しい。

 

旦那さんにとっては、奥さん

子どもにとっては、母親。

この主要な人物が、おかしい、と感じている異変には

相当注意深く、診察や検査が行われ

納得のいく診断がなされてほしい。

 

特に、患者本人が、異変を訴えられない状況では

悔しい、という気持ちに収まらず

申し訳ない

自分がもっと訴えていたら、といった

自責も強く残る。

 

きょう見た奥さんは、

ご主人を、心から尊敬し、感謝されていた。

診断がなされないまま

2年間も、記憶ができなくなった脳で

一生懸命メモを取りながら、働き続け

奥さんを養うことに必死だったことに。

ご主人も、奥さんも、素晴らしいご夫婦だ。