「忘れてもいいよ。僕がぜんぶ覚えておく」

2023/06/17

脳死状態の女の子の病室を訪ねるようになったのは

病院の先生から頼まれたから。

脳死になると、死は避けられない

というお医者さんの説明を、受け容れられない

親の気持ち、わかるし、

避けようがないとされている現実を、

共に歩けたらいいかな、と思って、

私は病室に通うようになった。

 

お母さんは、私がこういう会の者であることを

嫌に思わず、歓迎してくれたことは嬉しかった。

いつも話してくれたことは

もちろんその子の話で、元気だった頃のこと。

私は、そんなお話を聴くのが楽しみで、足を運んだ。

 

何回か、面会が一緒になったのが

牧師さんご夫妻だった。

女の子の家の近くの教会のかたで

信者ではないけれど、公園にでも行くように

よく親子で教会に出かけていたらしい。

 

元気なときから出会っていたことは

本当に良かったと思った。

「お祈りしましょう」と言われても抵抗ないようだし

勧誘うんぬんの警戒心もないし。

 

関係のない私も、一緒に祈った。

私は凡人だから、つい、

「神様、連れていかないでください」

と祈っていた。

 

牧師さんの奥様は、

柔和な面持ちで、語り口調は穏やかで

本当に魅力的なかただった。

でも、お二人が帰られたあと、

「認知症になられてると思えない」

とお母さんが話された。

ぜんぜん思えなかった。

 

今週放送された番組は、

そのご夫婦を追ったものだった。

奥様は、かなり病状が進み、ご主人がわからなくなったが

ご主人である牧師さんは

「忘れていいよ、僕がぜんぶ覚えているから」と

施設に面会に通われている。

 

あの頃、女の子の病室で見た優しい笑顔

そのままだった。