死そのものを悲しむことに専念できれば

2024/11/12

救急隊が到着したとき

倒れていた男性を、死亡と判断し、

病院に運ばなかった、

という事故(?)があった。

そんなこと、ある?!

 

死亡と判断した救急隊は警察に引継ぎ

到着した警察が、体が動くのを見て

救急車を呼んだ。

が亡くなってしまう。

 

子どもだったら有り得ない。

親の目にも、亡くなっているとわかっても、

救急隊は病院に運んでくれたし

病院では何とか助けようと手を尽くしてくれた

という話をよく聞く。

 

そうしないと両親が悔やむから?

それだけの理由ではないと思う。

何とか助けたい!

という強い思いが、関わる人ごとにあり

結果的に親は

つらい中でも対応に感謝していたりする。

 

亡くしたこと

護れなかったことへの悔いは

痛烈なものだから

その痛みをさらに増す要素を

極力加えないようにしてくれることが

窮地における最善だと思う。

 

あゆみは、救急車で搬送後

病院で、誤診の時間が長く続いたため

あんな対応じゃなければ助かったかもしれない

と、亡くなってからも

ずーっと思い続けた。

 

自分が何に苦しんでいるのか

わからなくなるほど。

 

遺族は、

余計なことに苦しめられず

大切な人が亡くなったという

死そのものを悲しむことに

専念できるのがいい。