「ものは考えよう」そのものの人

2025/05/20

いつも行っている整体の先生と

「同調」について話した。

私が日頃心がけている行動において

同調、とは言わない。

「共感」と言う。

 

同調と共感の違いの認識は大事で

元の意味や一般的な解釈は横に置き

私自身の理解では

同調には上辺の「そうそう」も含む。

ゆえに無責任さを含む。

 

そんな会話を先生としていたら、

先生は、「整体で同調してしまう」と言う。

ん?どういうこと??

 

私は、スキーで肩と腰を怪我して

病院での治療は終わっても

痛みは残り、整体に行っている。

先生は何とか痛みを取ってあげたい

と親身になって施術してるのに

なかなか痛みは消えない・・・

 

そしたら!

先生の体の、同じところに

痛みが生じてきたそう。

 

びっくり!

先生まで痛くなって、どうする?!

そんなこと引き受けてくれなくていいし。

 

そう、先生もそれは分かっていて

それでも「同調してしまった」。

えーーー

 

先生は「でも、よかったの」と言う。

なんで・・?

 

自分の体に痛みが出れば

そこを、どうすればいいのか

試行錯誤しやすい、と。

 

ここを引っ張ると、緩むな、とか。

そうして試して、回復したらしい。

「それを坂下さんにやってみるから」

と言ってもらい、

良かったような、申し訳ないような・・・

 

でも、「ものは考えよう」

という言葉、そのものを行ける人は

かっこ良く、すがすがしい。