基準は「子どもがどう思うか」が大きい
2025/09/301つのことを思い出すと
さらに別のことを思い出す。
見に行くと意識がなかったあゆみを
慌てて救急車で運んだので
寝室は、何日もそのままだった。
あゆみの布団、嘔吐したままで
片付けられなかったのは、
父が倒れた風呂場に入れなかったのと
行動としては似ているようで
内面はぜんぜん違ったと思う。
よくお母さんたちから聞く
最後に身に着けた衣類は洗わず保管、
というのは、
肌に直に触れていた物であり
子どもの匂いを残したい思いから。
事故に遭った子の場合
付いた血液さえ洗い落とさず、残す
と聞くことがある。
私は、何日も考えて
そのシーツを捨てた。
毎日毎日あゆみが使い
最後に寝ていたものなのに。
冷たいようで、涙が込み上げたし
洗うほうが楽だったかもしれないが
もし帰ってきたら
きっと新しいものを買ってあげるから。
そのまま置いておくと
「もおーー」
と怒る気もして。
それぞれの親の考えがあると思う。
ただ共通するのは、どの考えも、
子どもがどう思うか?
に基づいていることが多いように思う。
私の場合、
「帰ってきたとき」
が、すごく濃くあったなあ。
幻想だとしても
独特だとしても
あの頃、そこに支えられていた自分を
肯定したい。