「良い子」の親が醜いことを考えてしまい
2026/02/10よそのお子さんの成長を喜べないとき
ごめん… と、あゆみに謝っていた
と昨日書いたが、考えてみると、
ごめん…は、
好きじゃない自分になるとき、すべてだ。
何であゆみに「ごめん」なんだろ…
それは、あゆみのせいにしているからで
何事もあゆみのせいにしたくなく
こっちの世界のことまで
あの子のせいのようにしてはいけない。
でも、考えたらおかしいのだ。
いい人、いい親でいようとするのは
なぜなんだろう。
生きていたら、きっと親だって
いやな面もたくさん見せただろう。
矛盾した叱り方なんかもしただろう。
なのに、亡くなった子には
何でいいとこ見せようとするのかな?
よく聞く話では、
「あっちに行ったとき
頑張ったね、と言ってもらえるように」
という気持ちがある人、多いようだが
不思議と私は、そのあたりは薄い。
(再会を信じきれていないからか??)
んーーと考えて、思い当たるのは
あの子は、良い子のまま逝ったからかな?
どの子もそうだけど
良い子過ぎるくらいの子たちばかり。
私は、というと…
醜いこと一杯考えてしまう。
その対象が
同い年くらいの女の子の母に対して。
なんでこの人の幸せは続くのだろう?
みたいなことから、
もっと酷いことまで
幸せに気づいてないなあ、と思う時など。
あかん、あかん、と思っても
考えてしまい
「ごめん」に。