自分が先に折れてしまわないためだったかも
2026/05/09昨日書いた、自分を責めるという胸中は
あゆみを亡くした最初の頃のこと。
ところが、まだ日の浅いうちに、
「病気がしたこと」
という認識になった。
このことを、昨日会話しながら
なぜなんだろう、と考えた。
子どもをなくした親の捉え方が
そう簡単には変わるわけがないのに。
そうしてポロッと出たのが
「私は潰れるわけにいかなかったからか」
あゆみ亡くして1年で遺族会を立ち上げ
次々とお子さんなくされた方と出会った。
皆さん弱りきっていて
朝、目が覚めた瞬間から絶望の1日が始まり
この1日を生きる意味が見いだせない
そんな方々と、ともかく
「ゆっくり一緒に行きましょう」
と声かけているうちに
自分が先に潰れてしまわないために
責める対象は、自分ではなく、病気へ
と矛先を変えたのかもしれない。
でなければ、不自然だ。
私こそ、ひどい行動をとっていたのに。
熱のある子を一人で1時間も寝かせて
自分が食べる食事の準備をし
取り返しのつかないことが起きた。
私は、完全に目を離していた。
でも、あゆみを襲ったのは、病気。
病気のせいでこんなことになった。
この考えかたを持たなければ
まだ日の浅い遺族だった私は
もたなかった気がする。
人間の認識・解釈は
すごい影響を自らに与える。
いいようにも、悪いようにも。