私だけコワイんじゃなくて良かった
2021/04/11親は、一つ間違ったら「コワイ」よ、の続き。
間違っていないときは、大抵、いい人。
ママ友と円満に群れて
よその子の面倒も見たり。
一つ間違ったら、とは
自分の子が、いじめられたり、
理不尽な目にあったりしたときは
いい人ではいられない。
顔は笑っていたとしても、内面はハンニャの形相だ。
さらに私(たち)の場合、
一つ間違ったどころの話でなく、亡くなったのだ。
何にも悪いことはしていないのに。
理由もなしに。(子どもは体に悪いことはしない)
それが、なぜか、私の子にだけ起きた。(周辺では)
この事実を、安定的に抱え持っていくことは
至難の業なのだ。
息して、生活しているだけで、精一杯。
なのに、さらに、
いやなことが、目から耳から入り込んできたりする。
このときだ。
潜んでいる「魔物」が顔を覗かせるのは。
同じ治療をしたのに、自分の子は功を奏さず、
隣のベッドの子はどんどん回復して病気を脱していったり、
いい加減な育児をしている人の子が、病気もせず
「いい加減がええねん」みたいな持論をひけらかされたり、
いろいろ、つらいのだ。
人は人、なのだけど、やっぱりつらくなる。
そういう話を聞きながら、思う。
魔物、顔を覗かせても、噛みついたり怪我させたり
していないのだから、えらい!
思いっきり褒めてあげてほしい。(私も含め)
で、私の抱え持つ魔物が、うごめくとき
というのは
「あること」がきっかけになることが多い。
(つづく)