いくらつらくても思い出を大事に

2021/12/14

昨日は、思い出の場所に行く・行かない

の違いについて書いたが、

遺族会の運営者として悩ましい個人差は

「わかちあい」に参加され、

少しすっきりする人と、

とてもしんどくなる人の個人差だ。

 

知人から、行ってしんどくなった

という相談を受けた。

子どもを亡くした人ではないので、

他会に参加しての話だが、

私には緊張が走った。

運営者を知っているし、いい会なので、

何か行き違いがあったのか?

 

話を聞くと、対応に問題はなさそう。

つまり人がどうとか、場所がどうとか

とは無関係に生じるしんどさの根本は

思い出だ。

 

思い出が溢れ

いない現実が押し寄せ

抱えきれなくなる。

 

これはどうしようもない。

私たちが気をつけ心がけることは

どの人も大切にすることと

人による傷つきが起きないようにすること。

 

けれども、ご本人が語られる思い出で

ご本人が辛くなっていくことは

避けようもなく

そばで見守るしかない。

 

根本について考えようと思う。

思い出を語ることは、良くないことだろうか?

そんなことはないはず。

思い出は、親にとって一番大事。

なぜなら

亡くなった子どもと、等身大だから。

 

つらくて語れない人に、語らせることは

しないほうがいいが

語れる人、語りたい人が、語り

結果的につらくなることに対しては

つらさを恐れず、

一緒に、そのつらさを大事にしていきたい。