どんなに出来が悪くても可愛い我が子
2025/02/08さらに「歩いても歩いても」で思ったこと。
母は、長男が助けた青年の、すべて気に入らない。
それは父もだった。
亡くなった長男は医師だった。
優秀だっただろう。
努力も相当しただろう。
そんな息子と比べて、
助ける価値なしのような青年なのだ
両親にとって。
「あんなやつのために」と父は言い放つ。
ふと思った。
これ逆だったら、どうなんだろう・・
勉強ぎらいで、怠け者だった息子が
海で溺れる人を助けて命を落とし
助けた相手は医師だったとすると、
助ける価値ある人のためだった
と、思えるだろうか。
絶対に思わないとおもう。
できが悪くても、可愛いわが子。
どんな人の身代わりにもできない。
助けられた人が憎いかもしれない。
こうも思った。
息子が助けた少年が
立派な青年に成長し
いい大学に行き、いい会社に就職し、
言葉どおり「息子の分まで」
精一杯生きていたとしたら・・
もし、医師を目指してなったとしたら・・
失った辛さは、
いくらか軽くなるのだろうか。
映画の中のように
帰るなり、嘲笑ったり、ののしったり
しなくてよくなるだろうけれど
また別の空虚感のようなものに
襲われるかもしれない。
その子の成長を喜べるような人格者なら別だが
普通、心からは喜べないだろう。
こういうのが、あの母親のいう「普通」、
でいいように思う。