ひとり入る風呂は「いない」を強める

2026/02/14

生前一緒に行った場所に

今は行くとしんどくなる話、よく聞く。

中でもお風呂屋さん。

家に風呂はあっても、たまに行っただろう。

 

行くと、

よその親子を見る切なさも、ある。

それにとどまらないのがお風呂屋さん。

いいこと、あり過ぎたところだと思う。

 

大きな湯船に、ざぶーんと浸かり

「あー、気持ちい〜」

なんて一緒に感じた違いない。

昔で言う「極楽、極楽」みたく。

 

洗い合ったりしたかもしれない。

いろいろ話したかもしれない。

今日のこと?最近あったこと?

一緒にお風呂に入らなければ

話さないようなことだったのではないだろうか…?

 

そもそも、家のお風呂でも、

風呂は寂しさ募らせる。

小さい子の家庭なら、毎日のように

一緒に入った子が、いない。

この狭い空間が、

ガラーンと、シーンとなり、

お風呂入れなくなって

シャワーだけで過ごすようになった人

何人も知ってる。