しんどい思いをさせただけの花見

2026/03/25

母が亡くなったのは4月8日。

桜の花が好きだったことを昨日書いたが、

ちょうどこのくらいの時期、

私は桜の花を見せようと、

ベッドから起き上がるのもしんどい母を

説得し、車椅子に乗せて公園に行った。

 

見れば喜ぶと思っていた。

元気も出るかも!と。

 

けれども、しんどそうな様子に変わりはなく

「綺麗ね」と言うと、頷くものの

笑みを浮かべることはなかった。

 

贈る側と、受け取る側で

温度が一致するとは限らない、と

昨日書いたが

尽くしたい側と、される側でも

同じことが言える。

 

喜ばせたい。

何かしてあげたい。

でも、最早、しんどい思いをさせただけ。

 

末期がんだったからだけれど、

病人でなくても

「したい」「喜ばせたい」とき、

つい、独り善がりにならないように

という気付きは

母を花見に連れ出したときの表情から

教えられた。