あれは自分の「小さな死」だったのだ

2026/05/07

親の死は、過去を失い

配偶者の死は、現在を失い

子どもの死は、未来を失う

という言葉があるが、

私は、長らくこのように思っていた。

 

子どもの死は

失うのは未来だけではない。

過去も、現在も、未来も失うようなこと。

そしたら、こんな言葉を見つけた。

 

「別れは小さな死」

 

ほんと、そう。

あゆみが亡くなったあと

自分が普通に生きている感覚はなく

でもご飯は食べて、寝て、起きて、

だから生きているのだけど

元通りではない。

 

あれは、

自分の小さな死だったのだなあ。

 

死んだところは生き返らない。

それでも普通に暮らせるようになるまでに

なってたのは

生き残った小さな私が

頑張ったからだろう。

きっと人一倍。

 

普通の人より、はるかに弱ったのに

普通の人より耐えるちから

這い上がるちからを

出せたのかも知れない。

 

ふと思った。

私の死んだカケラ

くっついて行ったのかも…

だったら嬉しい。