体験を語るとき
2011/07/30 ある医療系の大学で、授業内の講演をした。
今も、未だに、始まる前に、迷って悩むことがある。
それは、学生の内職。
授業中、別の教科の宿題をする「内職」に
没頭している学生が必ず何人かいる。
ふつうの先生は、それが差ほど気にならないようだ。
静かに座っていればいいと思っているらしい。
私は、気になってしまう。
ふつうの先生と、私の違いは、
話す内容にある。
ふつうの先生は、理論を話す。
理論は、本人と距離のあるモノといえる。
私は、体験談を話す。理論には触れる程度。
体験は、本人そのものといえる。
内職をする以外に、隣の人と喋ってる、突っ伏して寝てる、ケイタイしてる、
という状況のなか、語り始めることが、つらい。
よく、いい話なら、自然と聴き入るもんだよ
なんて言われるが、
あまり心あるアドバイスとは思えない。
私は、行き先を選んだり、高慢な態度は決して取らないのだけれど
体験をモノのように扱わざるを得なくなること、だけが、つらく、
せっかくの機会を十分に扱えるとも思えないため
今回も責任者の先生に
「内職だけ、やめてもらっていただけますか」と
ひと言お願いした。
皆さん嫌な顔をせず、やめてくれたので、すごく有り難かった。
ここで、カチンみたいなリアクションが返ってくるとき、
例えば、バンとたたんで、あとは突っ伏すみたいな展開だと
頼んで後悔することになるので、
どうしても迷い、悩むのだ。
何回行っても、何百回話しても、今も、
体験の語りかたは、場の空気に、大きく左右される。