すべて上手くいって悔やむ気持ち

2021/01/05

あゆみと同じように、発熱から急変し

瞬く間に亡くなったお子さんのお母さんとお話しし

とても大事なことに気付かせていただいた。

 

病気はあゆみととても似ている。

でも、あゆみは、いろんなことの間が悪く

悪いほうに、悪いほうに、傾いていった。

 

あの日、私はとても忙しかった。

そのなかでクリニックに連れて行き、長い待ち時間の末

家に帰り着いてからは、山積みの家事、、、

早く寝かしつけたい、ばかりが頭にあり

一人で寝かせている間に、急変した。

慌てて救急車呼ぶが、受け入れ先が見つからず

遠くに運んでも、病気を見抜ける先生がいなくて、、、

 

こういう流れを経た場合

自分の行動を悔やむのは当然だが

あのことが、なければ、とか

あのことが、スムーズにいってたら、とか

上手くいかなかった点にとらわれ、

そうではなかったら、結果は違っていたのではないか

と考えるものだ。

 

ところが、

親の苦悩というのは、そうとは限らないのだ。

 

すべてが上手くいく場合がある。

子どもが熱を出してから、

いくつものことが、スムーズに進み

人の動きもスムーズに流れ

まるで、いくつもの歯車が、かっちり噛み合っているような

絶妙の動きのなかで

突然、心肺停止が起きたとしたら・・・

 

なにか、どこか、1つでも

うまく進まない点があれば良かったのかもしれない。

 

そういう発想が生まれる。

なぜなら、同じ流れにはならないから。

そしたら

違う道を辿り、違う結論を導き出したかもしれない。

 

すべてうまくいった「のに」

ではなく

すべてうまくいった「から」

こそ思うこと。