何事も不幸でも不運でもなくなる

2021/12/19

ようやく雪が積もったので、滑りに来た。

毎年、時間をみつけては

12月から5月までに30日以上滑る。

 

あゆみと出かけたことはないが

あゆみと無関係ではない。

遺族会に没頭する私は、

人の最も辛く苦しい感情にも没頭する。

そのためには、非日常に身を置くことを

心がけること、と習ったので

以後、もっとも非日常を感じる雪山に来る。

 

自然の懐に飛び込んで、滑りまくって

また日常に戻って、お話に没頭。

いつも新鮮な気持ちで、集中できる。

 

夜中に、交代で7時間ほど運転して来るので

1本でも多く滑べろうと、仲間も真剣。

なのに今朝は、リフトが止まってしまい

吹きさらしのところでガタガタ震えながら

復旧を待つが、なかなか目処が立たず

別のところへ移動することになった。

 

このとき私は、運、悪すぎ!

と思っていた。

ところが同行者は

「運が良かったと思お」と言う。

 

え?なんで??

この後の言葉に、自分を未熟さを思う。

 

「リフトに乗る前で良かったよ。

乗ってから止まったら大変だ」

 

あー確かに。

川の上とかで宙吊りになると

どうやって下ろすんだろう・・・

 

何事も、考えようなのだ。

良かっと思える方向から捉えれば

ほとんどの事を、不運や不幸にせずに済む。

私も心がけないと。

 

どの方向から見回しても

良かった点はないと言えるのは

あゆみがいなくなってしまったこと

だけに思える。