わずかな可能性を希望に換えて

2022/04/07

あゆみを亡くした頃、また別の日には

こんなこともあった。

ある遺族会の、スタッフの方の、

ご自宅の電話番号を知る機会があった。

 

ご自宅にまで・・・ 遠慮はあったものの

藁をもすがる思いで、かけると

温かい声で、歓迎してくださった。

 

その頃の私は

亡くしても諦めきれない!

このまま別れてしまうなんて耐えられない!

どうしても連れ戻したい!

そうした思いで一杯だった。

 

当然、周りからは、こっぴどく咎められる。

そんなこと言ってたら、頭がおかしくなる!とか

いや、もうおかしくなっているんじゃないか?とか。

だから、

誰にも本音は、言えなくなっていた。

 

そこで、電話のこの方に

思いのたけを聞いてもらうと

「うちは、戻ってきましたよ」

と言われた。

えっ・・・ ほんまに!?!?

 

亡くなったお子さんは「けん君」

生まれたお子さんは「しゅう君」

同じ名前は付けられない決まりがあるらしく

けん君が、地球を一周して戻ってきた

と考えたらしい。

 

本当に、その子は、けん君なのか?

念を押すことはしなかった。

私にも、同じように戻ってきてくれれば

本当にあゆみか、どうかは

会ってから考えればいい。

 

とにかく、

もう一度会える可能性を、希望に換えて

生きてみよう!と思った。

 

この、「そこまで生きよう」が

大事だったと思う。

これに尽きると思う。

 

きょう、今を、生きる

とにかく命を繋ぐ

 

繋がった命の先には、きっと

生きる力が、いくらか蓄えられているだろう。

 

死にそうなときに

絶望的なことばかり言われるよりも

小さくても希望を与えられるほうが、

いいと思う。

 

そうして生き延びた私に

あゆみが戻ってくることも

次の子がやって来ることも、なかったのだけど

なんとか生きながらえ

生きていくことができた事実が、

歴然とある。