あれだけのことが起きた身なのだから

2023/02/05

昨日の「つどい」の前半は、講演会だった。

講師とは古い付き合いがあって、

もともとグリーフケアの勉強をしていた人。

今は「ストレス」が専門なので、是非!

と頼んだのには、いろいろ理由がある。

 

遺族会では、常々グリーフを話題にするが、

グリーフは日常語でなく、

「ストレス」という語は知らない人がいない。

だったら、ストレスの知識からグリーフへと

展開させるほうが、

おのおの抱えたり背負ったりしているものが、

何なのか?や、

向き合い方も、分かりやすいかも?!

というのが、発端だった。

 

そして、そもそも私だ。

色々としんどい。

あゆみが亡くなった頃は、

理由や原因が、はっきりしていた。

というか何でも死別のセイにできた。

周囲にも理解があったし、甘かった。

 

ところが多くの年月を経て、

あゆみがいないからしんどい

とは、だんだん言えなくなってきた・・

あゆみにも悪いような気がしてきて。

 

そしたら、どうする?

 

自分の特性(くせ)をよく知り、

自分の扱いの腕を上げる。

これに尽きるんじゃないか?

と考え至った。

 

でも私は思ってる。

体や心の不調を、何年間も、何十年間も、

死別を理由にはできない、と言えども、

あれだけのことが起きた身なのだ。

やはり修復は難しいような傷は

残り続けると思う。

 

だからストレスも、

抱えやすくなって不思議はない

と思う。