あゆみが亡くなったのは一体誰のせい?

2023/08/24

お子さん亡くされたお母さんと話して

今ごろ気付いたことがある。

病気で子どもを亡くした母親の多くが

自らを責めていることはよく知っているが、

私の責め方は、だいぶん違うようだ。

 

多くの母親は、その子が、病気になるまでは

健康であったとしても、

そういう病気になる体(体質)に産んでいる

自分のせいと考えるという。

 

私も同様に考えたことはあり

あゆみと同じ感染症に罹る子は、稀にいて

その中にも治る子がいるのに

亡くなってしまったのには

生まれながらの脆弱性があった

ということだろうか?と。

 

でも私は、

あんまりこの考えかたが強くはなく、

長年の生活習慣をもつ大人と違い

子どもにとっての病気は、どんな病気も、

なぜこの子に起きるのか?

原因がはっきりしないと考える

 

だから子どもが病気になったのは

「私のせい」とは、芯のところで思っていない。

なので、

何で起きた?何故亡くなった??と

考えても考えてもワカラナイ。

だからすごくしんどい。

 

この、ワカラナイしんどさに

収まりきれない苦しさが

「私のせい」

を導き出すそうだ。

ともかく一つの筋道が立つから。

 

ワカラナイ

だから仕方なかった

と片付けてはあまりに軽くするので

重い重いところの「私のせい」

に行き着くようだ。

 

じゃあなぜ私は

同様の道筋を行かなかったのか・・・?

 

私も、仕方ない、と軽く片付ける気にはなれず

責める対象は見出していた。

 

その相手は、、、

 

実は名前がないのだ。

敢えて言うなら

この世の不条理

とでも言うのだろうか。

 

なに?それ、誰??

って感じだが

存在はしていると思う。

 

あゆみも、私も、

姿なきものに追い込まれた結果が

今に至っている気がする。

 

ある意味、私も被害者。

 

その私が、加害者であるかのような発想

持たなくていいんじゃないか?!

いつの頃からか

そう思うようになった気がする。