亡くなった子のこと言う言わない

2026/01/24

打ち明けるとき、の続き。

きょうスキー場のリフトで打ち明けてみた。

スキースクールで顔見知りで、

あゆみのことは、話していなかった。

 

リフトではあるが、

長く乗るリフトなので、打ち明けた。

「お子さんは?」と聞かれ、

「男の子が一人。女の子は病気で亡くなりました」

と言った。

そのあと言葉はなく、、、

しばらくして別の話題になった。

 

こうした瞬間を

ほっとする当事者もいるだろう。

特に何も言われないことに。

 

今の私はどんな反応にも平然といられる。

別の話題になっても、ならなくても、

その人の子どもの話になっても

そのまま無言でも。

 

きょうは、昨日日記に書いたことだから

言ってみたが、普段の私は、

あゆみのことは、言わないことのほうが多く

子どもを亡くしたことを知らない人がほとんど。

言える場所として

「小さないのち」があるからだと思う。

 

まだ日の浅い人だと

亡くなった子を、子どもの人数に入れないと

心はざわめき

ちょっと収まらない気持ちになってしまう。

 

「いる」ものとして言っていることも多い。

そうすれば

「亡くなった」に対する反応を

気にしなくていい、もあるし

いることにしておきたい気持ちもあって。