最期まで今できることを見つける
2026/04/20治らなくても
出来ることが見つかって嬉しい
と昨日書いたが、
もっと深刻な、治らない患者さんのことを
思い出した。
私ががんの闘病をしていたとき
進行して深刻な患者さんが身近にいた。
気功に行くと聞き、私も行った。
「治るんですかね?」と聞くと
「どうだろね」と返ってきた。
効果が分からないのに何故行くのだろう
と思ったが、
「いま出来ること」をする、だったのだろう。
自分も行って、やってみて…
こんなんで治るなら
がん患者はいなくなるわ
と思うだけでなく、
効果を謳われると憤りさえ感じた。
患者を食い物にしているようで。
ところが彼女はそうは思っておらず、
治ることだけを考えていないようだった。
治らないからといって
何もしない、何もできないことのほうが
ずっとつらいようで。
家でしていることが、ポイント整理、
と聞き、これにも驚いた。
お店でたまったポイントを
使いにお店に行く。
命が限られている人の時間の使い方にしては、
必ずしなければならないことではなく、
したところで僅かに得するだけのこと
なのだけど、「きょう出来ること」ではある。
「出来ること」として、
家の改修もした。
家の中も車椅子で動けるように。
諦めていなかった。
たくさんのお金を投じて
快適に家で過ごすこともして
わずか数カ月後に旅立たれた。
きょう出来ること
いま出来ること、を
一つ見つけては、する。
そうしていけば
どんな人生も
まっとうできるのだろう
と知った。