それでもまた来てくれた

2020/06/21

「コロナ」がおとなしくしていることで、

東京のつどいが無事にできた。

会場に向かいながら、あの日のことを思い返した。

前回のつどいが、つらい終わり方になったこと。

私の未熟さで。

 

つどいでは、1つだけ禁止事項を設けていて、

ずっとこれまで、互いに守ってきた。それは、

人の発言を、否定しない。絶対に非難しない。

 

穏やかな時間が流れていたのに、終わり間際に、

自分だったら~~~~!!

と語気を荒げて言い出した男性(父親)がいた。

 

これ、人の発言の否定にはあたらない?

「それは違うだろ」と言ってはいない。

非難でもなさそう?

「それはおかしい」と言ったのでもない。

視線は、誰にも向けていない。

 

自分のことは何でも自由に話してもらっていい。

でも、自分のことに納まるのだろうか・・・

なぜこんなに威圧されるのだろう・・・

 

おそらく自分に言い聞かせるように言っている。

だからといって、このままでいいのだろうか?

先の発言者は、話さなければよかったと思うだろう・・・

 

それでは申し訳ない。

誰もが尊重され護られるべきだ。

介入できるのは運営者しかいない。つまり私。

 

でも、このお父さんも、つらくてたまらないのだ。

いや、そこにとどめてはいけない。

だから人を脅かしていい道理はない。

この父親の価値を下げてしまうことにもなる。

 

頭のなかを、いっぱい渦巻きながら

あっと言う間にこの事が起きて、

終わりの時間を迎えてしまった。

 

大声を出した人、足早に立ち去った。

先の発言者の気持ちを考えると、いたたまれなかった。

謝った。が私は、ずっと引きずっていた。

 

そして決めた。

今度から、大きな声は、即座に注意する!

2度と同じ目に合わせない!

 

そうは思っても、お二人とも非会員だった。

入会がない以上、二度会うことはない。

一度きりだから大事に、と考えて来たのに、台無しだ。

 

そういうことからも会員制にしている。

言動に、自覚と配慮を持ち合うため。

 

つらい思いをしている人が、

来てさらにつらくなるようなこと、起きてはならない。

何とか、もっと大事に考えていかないと。

 

そんなことを考えながら、きょう会場に向かうと

思いもよらないことに、私は歓喜する。

私の至らなさから傷つけてしまったお母さん、

来てくれたのだ。入会をしに。

 

あんなことがあったのに、

それでもこの会を受け入れてもらえて、

心から嬉しく感謝の念が込み上げた。

 

続けていれば、いいこと、あるんだと思った。

 

きょうはいつもどおり、

静かに優しい時間が流れる会になった。

「コロナ」に注意を払いながら参加してくださる、

しみじみと語ってくださる、

心を寄せて聴いてくださる

会員さんたちのおかげ。